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ゆらり、と熱気が動いた。寝そべるバロンを見つめていた私の目に、信じられないものが映った。
「私だ」
ランドセルを背負った男の子が、アサガオ栽培用の青いバケツを持って、建物の角から姿を現した。バロンは目の前であの事故を再現してみせて、私を責め苛むつもりだろうか。
「やめてくれバロン、お願いだ。謝るから。何度でも謝るから」
バロンの耳には、私の声がまるで届いていないようだった。男の子が歩行者用信号の点滅している交差点に近づくと、彼は立ち上がって警告の声を上げた。男の子はびくりと身を縮こまらせて、顔をこちらに向けた。その子は大型犬が自分に向かって吠えているのを見て、目を丸くして驚いていた。
熱でのぼせた私の頭から、血の気が引いていった。自分の目が信じられなかった。いや、信じたくなかった。
吠え掛かる大型犬から逃れようと横断歩道へ足を踏み出した小学生は、過去の私ではなく、春から小学校に通い始めた私の息子だった。
「だめだ数馬、信号を見ろ」
声をかぎりに叫んだが、私の声が息子に届いた気配はなかった。数馬は点滅している信号を見て、ほんのわずか足を鈍らせたものの、そのまま横断歩道を渡り始めた。バロンがバネのように前方へ飛び出した。
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