かぐや姫は抗いたい

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かぐや姫は抗いたい

 それは僕がまだ小学生だった頃のこと。  実家が空手道場だった僕は、幼い頃から両親に言われて毎日のように空手を習う日々だった。勉強よりも空手、遊ぶよりも空手。今でこそ本気で空手を頑張ろうと思えるようになったけれど、当時はそんな毎日が嫌で仕方なかったのを覚えている。なんせ、友達と遊ぶ時間も僅かしか作れなかったからだ。どうにも両親は昔ちょっと凄い大会に出たとかで、僕を一流の空手の選手にしたかったらしいのだが――そんなこと、幼い僕に関係があったはずもない。  そんな日々だから、たまにある道場のお休みデーはいつも心躍ったのだった。学校が終わるのが待ち遠しくてたまらない。今日は誰と遊ぼうか、考えるだけでわくわくしたものだ。僕は体は大きくなかったけれど、空手で鍛えていたから運動神経は良かった。ドッジボールなんかをやっても、そこそこ活躍できる自信があったのである。  さて、そんなある“オヤスミ”の日のこと。  その頃、道場が老朽化のため?とかなんとかで急にリフォームすることになり、少し長いお休みに入っていたのだった。今日はサッカーとドッジボール、どっちの遊びに入れて貰おうか。そんなことを考えながら教室を後にしようとした僕は、一人の女の子がいつまでも座ったまま動かないことに気づいたのである。  しかも、不思議なことに彼女は、国語の教科書をじーっと見ているのだ。開いているページは、挿絵が入っているので一目瞭然だった。今日の授業でやった、“竹取物語”のところだ。 「月野さん、どうしたの?」  これはチャンスかもしれないと、僕は声をかけた。長いさらさらの黒髪に、中学生にも見えそうな大人っぽい長身。月野伽耶(つきのかや)、は要するに、クラスで一番の美少女というやつだったのである。あまりにも綺麗すぎるので、他の男子達がからかうこともできずに遠巻きにするほどの。 「あ、藤代(ふじしろ)くん」  彼女はちょっと驚いたような顔で僕を見た。 「びっくりした。私、男子に嫌われてると思ってたから」 「月野さんが美人だから、みんな声かけづらいだけだと思うけど」 「ありがと。そういうことにしておくね」  いやそういうことも何も、本当なんだけどなあ。お世辞と受け取ったらしい少女が可愛らしく微笑むので、僕はもうそれ以上追及することもできず天にも昇る心地となっていたのだ。いやだって、僕の拙い語彙力じゃ全然説明できないけれど、まるで天使のような可愛さだったのである。あんな顔で微笑まれて、ノックダウンしない男がいるだろうか。いや、いるはずがない。 「そ、それで、なんでかぐや姫見てたの」  僕は赤くなった頬を誤魔化すようにして視線を逸らしつつ、彼女に尋ねたのだ。 「そういえば、今日先生に指されて音読してたよね。すごくいい声だった」 「ほんと?私、自分の声あんまり好きじゃないの。女の子のわりに低いから……」 「そんなことないよ!落ち着いた凄くいい声だったよ!」  ハスキーボイス?とでもいうのだろうか。甲高くきゃーきゃーするような声よりずっと好みだった――なんてこと、容易く言える筈もないが。
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