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「何ですか?私は何もしていない」
「勿論です。お話を伺うだけです。昨日もさっきと同じ電車に乗られましたか?」
「はい、平日はいつも同じです」
「車両も同じですか?」
「ええ、ゲン担ぎみたいなもんです」
「そうですか、それじゃあのドアから倒れた若い男を見ませんでしたか?」
男は首を傾げた。
「ふらふらとしたのはちらっと見えましたが、乗り換えに急いでいたので」
「その男の顔を見ましたか?」
また男は首を傾げた。誰でもたまたま乗り合わせた周囲のことなど気にすることはない。
「はっきりとは想い出せません。と言うか記憶していないんです。車内でキョロキョロしてたらおかしいでしょ」
男の話が正論である。
「女はいませんでしたか?ほら女ならちらっと目が行くでしょ」
中西が質問した。
「三人居ました。二人は高校生です、もう一人は会社員いや主婦ですかね」
大概の男は女に気が付く。この男も人数まで把握していた。該者は既に瀕死の状態である、虫の息で声も出ない。超満員の車内でドアと人に挟まれて立っていた、いや倒れることが出来なかったと言うのが正解だろう。中西の予想通り東神奈川駅で刺されてここまで来たのだろうか。多田は菊名駅での聞き取りに限界を感じていた。
「その会社員風だか主婦だかの女も菊名駅で降りたんですかね?」
並木が訊いた。
「いや大口で降りました」
「大口で?」
「ええ大口です。そうだ藤の買い物籠を持っていたな」
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