都橋探偵事情『莫連』

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 山手の産婦人科の待合室に道子の両親がいた。 「私は先に帰る」  義父は徳田に会釈しただけで出ていった。今の冷たい会釈が徳田に対して最高の賛辞である。道子との結婚、いや交際すら認めていなかった義父。孫は一族だが徳田とは他人の関係を維持している。 「そのうち諦めるから」  義母がそれを見透かして笑った。 「すいません」 「何でいつも謝るの、おかしな人ね」  道子の両親だけには頭が上がらない。謝って済むなら何度でも謝る、それで済めば有難いと願っている。 「準備はいいお父さん?」  義母がドアを開ける。徳田は道子が抱いているのは赤い猿かと思った。そして道子が泣くと不覚にもつられてしまった。 「ありがとう」  道子が頷いた。 「触っても大丈夫なのか?」  他人の赤子も含めて触れるのは初めての経験である。義母が道子から赤子を取り上げて徳田の腕の中に収めた。 「首と頭を押さえるようにして」  徳田の胸に収まった。 「薄目開けたけど俺のこと見えてるのかな?」 「ほとんど見えていない、あたし達のことを認識するには二週間ぐらい掛かるらしいわ」 「はい終わり」  義母に取り上げられた。徳田は子を抱く姿勢のまま呆気に取られた。 「道子はいつまで入院している?」  
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