都橋探偵事情『莫連』

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「ところで尻手はどうだった」 「はい、これを見てください」  並木がメモ書きした人相帳を見せた。 「路地から出て駅に向かう者のうち自分なりに臭う者にチャックして大まかを人相帳にしました。夕方また駅から戻るこれらの人物をつけてみます」 「それでアパートは?」 「多田さんがチェックした四軒のアパートも回りました。まずこのアパートは除外しました」  並木が二本線で消してある。 「その理由は?」  多田がチェックしたアパートを調査もせずに並木が省いたことが気になった。 「はい、近道がありあの路地には出ずに駅に行けます。散歩コースなら分かりますが飯を食う時間も慌ただしい出勤時にわざわざ遠回りすることはほぼないと考えました」  多田は納得した。 「この坂出荘は十六所帯中二所帯が入居しています。その二所帯で聞き込みをしました。話しによるとこのアパートは老朽化により来年早々取り壊しが決まっているようです。その二所帯も出て行かなければならないと愚痴を溢しておりました。ですから新たな契約はしていないようです。でも多田さん、この二所帯の他に複数の人の気配があるそうです」 「どういうこと?」 「何者かが入居している可能性が強いと思います」 「でも年内いっぱいだろ入居は、半年間だけで契約するかな?」 「短期契約ならあるかと思います。例えば土方、一時しのぎに飯場の寮代わりに親方が借りることもあると思います。それにチー公とか旅芸人、香具師なんかはいわくつきの安宿を好んで利用します」  チー公とは着物や背広等を車に積み込んで全国を売り歩く輩である。地方の個人宅を回り、半ば強引に売り捌く。
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