都橋探偵事情『莫連』

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「苦しい時は戻っておいで、それじゃこの握り飯は他のおこもさんに上げよう」  老婆は腰を曲げた姿勢のまま歩いて行った。『チリンチリン』と到着の合図である金を振った。魚屋が後部のショーウインドウを開く。仕入れて来たばかりの魚がガラスの中に陳列されている。高田は不安になった。もしかしたらさっきの老婆のように覚えているかもしれないと。ラークの隠しマイクのスイッチを入れて牛坂下公園に移動する。後方から接近しナンバーをマイクに伝える。屋号は『魚吉』。徳田に言われたように魚屋の死角からイメージをする。恵んでくれたイカの塩辛がたっぷり入った大きな握り飯の美味さは生涯忘れない。 「この鯛を刺身にしてくれますか?」 「あいよ、頭はどうするね?」 「美味い食べ方はありますか?」 「炊いたら最高、醤油と砂糖、それから酒をケチらないでたっぷり入れてね。その汁捨てないで大根とジャガイモを入れてみな。酒のアテには最高」  魚屋は高田に気付かないようだ。 「ありがとうございます。それからその鰯を四尾いただきます」 「脂のってるよこの鰯は、塩振って焼いたらいい、ワタまで食うにゃあしっかりと焼いてね、鰯も人間と同じで腸腐っているのもいるからね」  近所主婦が集まり出した。高田は料金を支払い公園を後にした。  戸部西署の吉川刑事から電話があり、署に戻ったばかりの二人は課長の指示で再び戸部西署にとんぼ返りした。 「複数の足跡が発見された。水島悟のゲソと平行に進んでいる。不思議なことに現場の木の根元まであるがそこで消えている」 「と言うことは他殺の可能性がある」  布川が推測した。
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