都橋探偵事情『莫連』

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 徳田は興信所に戻り水島から預かった水道検針表とにらめっこしていた。じっとサインを見つめている。相の字は分かるが次が馬だか場だかグチャグチャとなっている。立ち位置で記入するから到底清書と言うわけにはいかない。おまけに字が重なっていて丸印の端部が字間に挟まっている。馬ならそうま、場ならあいばと発音するだろう。電話で呼び出し名が間違いだと不快を感じる。もし犯罪者ならその不快が不安と直結する。要らぬ警戒を与えてしまうと巣穴に引っ込んで出て来ない。 「もしもし、急ぎじゃありませんが漏水しているかどうか確認して欲しいんですけど、次の検針ていつ頃になりますか?」 「はい、どちら様でしょうか?」  徳田は水島宅の情報を伝えた。 「定期的な検針は一週間後になりますが近くを回っている検針員を回らせます。午後一には行けると思いますが」  水道局は漏水と聞くと即対応する。徳田は水島に電話を入れすぐに水島宅にタクシーを飛ばした。 「水島さんは検針員が来たら労ってください。私は近くに隠れて写真を撮ります」 「探偵さん、その女検針員が悟を殺めたんでしょうか?」  そうかもしれないと言えばこの男は何をするか分からない。ここは慎重に相手の素性を確認することである。 「違うと思います。ただの確認作業ですからあまり緊張せずに。お疲れ様ですと一言だけ言って悲しい顔をしていてください。ここで怪しまれると警戒されます。確実に追い込みましょう」  徳田は水島を宥めるつもりで言った。徳田は悟の部屋に行きカーテンの下部を捲り垂れ落ちないように椅子を押し当てた。女検針員が見上げるかどうか確認したい。そして水島宅を出た。どっちから来るだろうか、徳田は住居入り口から離れて平戸橋に向かった。橋の手前で煙草を咥えた。三本吸い終えると水道局の作業着を着た小柄な女が水島宅の一角を曲がった。根岸線で悟と並んで座っていた女だろうか、この距離では確認出来ない。水島宅の前で止まった。
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