都橋探偵事情『莫連』

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ブザーを鳴らさずに先ずメーターボックスを専用工具で引き上げた。徳田は隣家の自家用車の裏に隠れて見張っている。ファインダーを覗かずに掌の中でシャッターを切る。花咲町興信所が廃業するときに所長からプレゼントされたニコンの小型カメラ。性能はいいが特殊カメラが欲しかった。女が二階を見た。ちらと見てまた見上げた。二秒ほど捲ったカーテン部を見ていた。間違いないだろう、あの三角に捲られたカーテンの隙間から悟はこの女を見ていた。女はそれを知りながら挑発する姿態をとった。悟はその姿態に興奮し性欲を果たす。母親が与えたエロ雑誌の漫画や写真ではなく本物の女である。女の構造も知らぬ青年は漫画で得た知識から女は全てこの漫画の世界と通じていると考えてしまった。女も悟の行為を知った上で口パクで声を掛けた。悟の耳には届かない、開かずの窓を少し開けた。『おいで、お兄さん』そして初めての家出をした。それが事の発端であるだろう。徳田は紐解くように推理した。水島が出て来た。 「お疲れ様です。どうでしょうか?」 「メーターは異常値を示していませんので問題ないと思いますが、どうして漏水と思われましたか?」  相馬紀子は何を持って漏水と連絡したのか不思議に感じた。 「台所の蛇口からタラタラと水漏れがありました。それが三日ほど続いていたので気になりまして。今は止まっています」 「そうですか、パッキンの破損だと思います。漏れたり止まったりを繰り返しているうちに破裂するほど漏れ出します。早めに交換をされることをお薦めします」 「ありがとうございます」  徳田は悟と一緒に居た女だと確信した。夕方の五時には水道局事務所を退社するだろう。家路の尾行を決めた。  玉川電気鉄道、通称玉電の三軒茶屋駅から246号線を少し下ると不動産屋がある。地元では大きな不動産屋で近隣の開発にも力を入れていた。  
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