都橋探偵事情『莫連』

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「こんにちは」  挨拶をしたのはアジトの大家である坂出夫人に成り済ましたスリ集団一味で地面師の妙子婆さんである。 「ああどうも坂出さん、先日はわざわざご足労いただきましてありがとうございます」   妙子婆さんは昨日それとなく溝の口の土地売買をにおわせていた。溝の口の土地は山を含む広大な土地で開発して共同住宅なら八百戸以上が可能である。 「今日はお客様をお連れ致しました。こちらは竹水建設の鈴木部長と東横銀行の営業課長で添田さん。お宅が開発始めたら鈴木さんに上物工事は投げてあげてください」  亀山は社長以下同席している三人と名刺交換した。 「東横銀行の添田と申します。坂出様の口座を預からせていただいています」  添田の名刺はこれ一枚しかない。社長と名刺交換した。 「本来私共の担当が同席するところですが急用が発生し三軒茶屋駅で引き返した次第です。今後手続等にその二人が動くことになります。どうぞお見知りおきをお願い致します」  横山は東横銀行の別々の名刺を二人に渡した。緊張の一瞬だったがなんとか乗り切った。 「早速ですが社長、昨日提示した五百万でお売りいたします。お宅様が地元に掛ける思いに感銘しました。開発をしながらも近隣住民への思いやりはあちこちで噂ですよ。うちの子供等も同業の端くれとして見習うように注意しております。不動産屋の鏡のようなあなた方の営業方針を見込んでこんな安価でお譲りいたします。あの辺りは農家さんも多い、古い商店もあります。どうか開発時には将来的なお付き合いをお願いいたします」  妙子婆さんが深く頭を下げると二人も倣った。大手なら二千万でも飛び付く土地を、この不動産屋が近隣に対する思いやりに感銘したと煽てて取引を進めた。 「ありがとうございます。我々が常日頃から心掛けている社是をここまでお褒めに預かり感激しております。開発に掛かる方々のケアを第一にすすめさせていただきます」         
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