都橋探偵事情『莫連』

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 社長は心臓が破裂しそうなぐらい大きな取引に興奮していた。五百万が遅くとも十年後にその数百倍の価値を生む。 「契約金ですが坂出様ご自宅にお持ちいたしましょうか?」 「倅夫婦には内緒。東横さんに任せているからお願いします」 「それでは明日午前十一時にここでお待ちしております」 「お世話になります」  三人は不動産屋を出た。笑いを堪えている。駅前で堪え切れずに妙子婆さんが噴き出した。緊張の箍が外れた。亀山と横山は電車に乗り込んでも笑い続けていた。  スリ集団の女ボス湯山玲子は盗品受役のおけらを務めていた。スリ役の買い手は若い浩史である。東神奈川駅ホーム中央部、夕方のラッシュ時、根岸線から一斉に客が降りる、反対側の横浜線になだれ込む客が狙いである。高齢の勤め人に目を付けた。押し屋のようにがいしゃ(被害者)を追込む(被害者が進む方向に追う)。横浜線下りは満員、ドアが閉まる。走り出した。浩史ががいしゃの札入れをズボンの尻ポケットから抜き取る時に急停車、ドアが開いた、札入れを抜き取り切れなかった。浩史の左横にいた湯山玲子が気付いた。 「スリだ」  がいしゃがポケットに手を当てると札入れが半分飛び出していた。 「きゃー痴漢」   湯山玲子が黄色い声で叫んだ。その時スカートのホックを外していた。叫ぶと同時にがいしゃの手を掴んでいた。 「痴漢よ、誰か助けて」  浩史は客の合間を縫うように移動していた。 「違う、私じゃない、人違いだ」  乗客ががいしゃを睨み付ける。 「大丈夫ですか?」  
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