都橋探偵事情『莫連』

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 東神奈川駅でスリの被害届が出たと県警から連絡が入り伊勢佐木中央署の中西と並木両刑事が出向いていた。駅長室に行くと三人の被害者が冴えない顔して長椅子に座っていた。神奈川西署からスリ担当のベテラン刑事が来ていた。 「伊勢佐木中央署の中西です」 「並木です」 「あんた等は殺しを追ってんだろ。それじゃ俺が先に聞き込みさせてもらうよ」  多田と名乗った白髪に無精ひげ、一見スリよりスリらしい出で立ちである。 「何を取られました?」 「札入れです」 「立ってください」  多田は被害者男性を立たせ後ろを向かせた。そしてズボンの尻ポケットに自分の札入れを差した。 「電車が止まる、ドアに人が流れ出る」  多田は被害者の右肩に左肩から当たる。被害者は押されバランスを取る、その時札入れは抜かれていた。被害者は気が付かない。肩を押されたことに腹が立っていた。多田は札入れを掌で叩いた。 「分からないでしょ?」 「全然分かりませんでした」 「万が一あなたが気付いてもこの札入れは私の手にはありません。グルの懐に入っています」  中西と並木が感心している。中西が並木の後ろに回り多田の見本を真似ている。 「これが満員の乗り換え時に一車両全部のドアで一斉に行われています。ここに三人お出でだが他にもまだ気が付いていない人、それから諦める人がいる。後で気が付いたり諦める人は自宅か会社近くの交番に届ける。だから遺失物として取り扱われるからスリの被害として挙がってこない」  被害者三人が頷いている。
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