都橋探偵事情『莫連』

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 玲子の周りに正義感が集まる。口々に「大丈夫ですか?」と玲子に声を掛ける。鳴きまねはお得意、すすり泣きながら頷く。玲子は大口駅で飛び降りた。スカートを直す振りをしながら小走りで改札に向かった。  あの女に間違いない。哀川瑞恵は確信した。スリに失敗した時に痴漢扱いして難を逃れる手口、夫がその手口で人生を狂わせた。世間の風の冷たさに堪え切れず自らの命を絶った。残された瑞恵は酒におぼれ一人息子は夫の実家に引き取られた。その復讐に燃えている。同じ境遇の相馬紀子の復讐劇に乗った。哀川瑞恵は湯山玲子を追った。改札を出ずに根岸線下りに乗り込んだ。そして横浜から東海道線に乗り換え川崎で下車、南武線に乗り尻手で下車したまでを追うが見失った。しかし大きな成果である。  電柱の陰に隠れるているのは伊勢佐木中央署の並木刑事である。尻手駅で下車して路地を曲がる人の流れをチェックしている。出勤時にアテを付けた人物の簡単な人相帳を見ながら張り込んでいる。あの女だ、疝痛で背中を擦った女が路地を曲がった。後ろを振り返っている。多田の勘働きで怪しいと言っていたいい女と一致する可能性が高くなった。並木は迷った。女を追うか、他のアテを待つか。人相帳の男が一人二人と路地を曲がる。人相帳をしまいそのアテを追った。路地の奥まで入ると人通りは少ない。そしてその二人共坂出荘に消えた。正式には十六戸中二戸しか入居しいていないアパート。二人共訪問した入居者ではない。このアパートがスリ集団のアジトである可能性が高いと並木は感じた。チー公なら大きなカバンをぶら提げている。声を掛けて確かめる作業は禁物、グルの一人を現行犯、もしくはそれに近い証拠を携えてアパートごと一気に押さえ込む。ここで勇み足をするとこれまでの行動が全て水の泡になる。何より多田が自身の刑事使命を掛けている。並木に関してはあくまでも殺人とスリ集団の関り調査が本分、しかし並木の性格で良く言えば一本気、悪く言うとのめり込みがここでピリオドを打てない。並木は102号室の佐々木宅をノックした。
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