都橋探偵事情『莫連』

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「すいません、伊勢佐木中央署の並木です」 「ここ二年間うちに客はなかった。それが日に二度来たのは刑事さんが初めてだよ。あんまり歓迎しないけどね」  佐々木は苦笑いをした。 「申し訳ありません。今二人がこの坂出荘に入りましたが足音は聞こえましたか?」 「ああ一人は二階、もう一人は一階の対面だと思う、気遣って物音を立てないように歩いてくれるから助かる。子供でも走ったらバタバタと寝てられない。まあだから造り直すんだろうけどな」 「ありがとうございます」  並木は人相帳に階数を記入した。 「佐々木さん、申し訳ないけど、五分か十分、この玄関先を貸してくれませんか。これ些少ですけど迷惑料です」 「いいよ、十分なんて言わずにずっと居たら。長くなるようならインスタントラーメンでも作ろうか?」  並木が千円を渡すと佐々木は喜んで協力した。並木は礼を言って覗き穴に目をくっ付けた。老婆が若い男と二階に上がる、二人共両手に買い物袋を提げている。二階の住人吉田からの情報で老婆とスーパーで会ったと言うのはこの女のことかもしれない。対面の男が二階に上がる。確かに足音は低い、聞き耳を立てないと拾えないほど慎重に歩行している。十分が一時間になり総勢二十六名が20:15.までに坂出荘に入室した。並木がここで張り込みを開始したのが19:10.である。その前に戻っている者がいるかもしれない。仮に三十人が入居しているとして十四部屋だから一部屋に二人ないし三人程度。女が出て行く、ジーパンとセーター姿だがあの女に間違いない。疝痛を介護した女がこの坂出荘にいる。もう一人若い女と連れだって出て行く。洗面器を持っている。恐らく銭湯通いだろう。並木は佐々木に礼を言って部屋を出た。仕立てのいい背広姿の中年紳士と擦れ違う。
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