都橋探偵事情『莫連』

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 顔が付くほど寄せて榊が睨み付ける。中西が「ぷはー」と息を吐いた。 「榊さん、止めた方がいい、こいつは喧嘩強い。それにそのままだとこいつの息で肺をやられますよ」  布川が言うと榊は手を離した。中西は乱れたネクタイを直している。 「課長、榊さん、野毛山で死んだ水島悟が菊名の刺殺体と絡んでいるとしたらどうですか?我々はその線で動いています。そしてそれは真金町の絞殺とも無関係じゃないと考えています」  丹羽課長が固まった。 「君の単なる勘じゃ困るよ。県警部長を動かすだけの証が無ければ駄目だ」 「君等は四年前の密入国が絡む殺人事件でホシを五回も取り逃がしたそうじゃないか。二回三回ってのはまあ挽回の余地ありだが五回となるとその能力を疑われるよ。現に疑われているから課長も信用していない。ねえ課長?」  榊が課長に相槌を求めた。丹羽課長としては迷惑な誘いである。 「あります、何なら俺が県警部長に直接説明してもいい」  中西が一歩前に出た。 「話してみなさい」  課長が許可した。榊は難しい表情をした。中西が布川を見ると頷いた。 「先ず、水島悟が自殺ではない確証ですが、彼は酒を飲みません。それがワインを浴びるほど飲んで泥酔状態です。課長は泥酔になられたことがありますか?自殺願望がいくら強くても消えてしまいます。消えなくても自分の首を絞めたり喉を突いたりすることは出来ません。するなら崖っぷちにいるか、さもなければ毒薬の服用です。野毛山の木の根元でそれもズボンのベルトで首絞めることは100%不可能です」 「該者が下戸か上戸かわしゃ知らん。うちの女房も普段は飲まんが怒ると鬼みたいに飲む。だから酒のことは君の勘に過ぎない」 「水島悟はベルトで締める前に糸、毛糸の類で首を絞めています。それで死にきれずにベルトに替えたと言う戸部西署の推理は外れている」 「それも君の勘だ。何回首を絞めようとそれが何だろうとここに無い。無いもんは信用出来ない」 「野毛山に該者を連れ込んだのは女二人組です」 「女二人と特定されていない。小さなサイズの靴を履いた男かもしれない」  布川の後押しを受けて気負った中西だが段々と形勢が悪くなってきた。
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