都橋探偵事情『莫連』

13/281
前へ
/281ページ
次へ
「現行犯でなければ駄目なんですよね?」  被害者の一人が多田に訊いた。 「そんなことはありません。その誤解が諦めになり届を出さない大きな原因です。現行犯じゃなくても証拠があれば逮捕出来ます。唯、非常に難しいのが現実です。ですが諦めるようなことはしないでください。それから私からの注意、今のようにケツに差した札入れはどうぞ抜いてくださいとスリにお願いしているようなもんです。背広の内ポケット、出来ればボタンを掛ける。これならすられることはなくなります」  多田は恐らく戻らない札入れのことより二度と被害に遭わない方法を伝授した。そして中西に顎を振った。二人は大ベテランに一礼して被害者に質問を始めた。 「すられたのは何処で気が付きましたか?」  中西の質問が始まった。 「根岸線を下りて横浜線に飛び乗る時に尻に重みがないので気が付きました」  三人に同じ質問をした。その中の一人がすられた瞬間に気が付いていた。 「どうして分かったんですか?」 「札入れに自転車の予備鍵が入っているんです。それが尻に擦るので気が付きました」 「その時に犯人の顔を見ませんでしたか?」  男は考えている。 「超満員で誰が誰なんだか思い出せません」 「それじゃどうです、まだ電車が当駅に到着する前の周囲の顔ぶれ?」  男は考えている。 「例えばサラリーマン風じゃない風体?」  並木が訊いた。 「女はいませんでいたか?」 「いました、一人ですが若いいい女でしたので気が付きました」 「どんな感じの女です?例えば髪型」 「流行の髪型ですね、項の所で内側に巻いているような」 「キスカールですね」  中西が言った。並木は中西の口からキスカールが出たのが驚きだった。
/281ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加