都橋探偵事情『莫連』

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「三年前に柳田さんがあの通り事件に巻き込まれ殺された。最古参の桃井さんも退職した。お前の上にいるのは和田さんだけだ。この署もずっと若返った。もう五年すればお前がトップになる。その次は残念ながらあの馬鹿しかいない。強くて正義の味方はいいが風紀を乱されては困る。歴史ある街でやくざと迎合しなければならない時がある。そうやって先輩達は上手く収めて来た。布川、あいつを頼む、魔法のランプから飛び出さんようにな」  布川は一礼して部屋を出た。やはり課長も自分と同じように中西が恐いのだった。だが布川はそれが嬉しかった。自分じゃ変えられない土着文化を中西なら一掃してくれるような気がしている。  妙子婆さんと賄衆は朝食の支度をしていた。どんぶり飯に納豆と漬物、それに味噌汁だけだがそれでも二十八人分を用意するとなると忙しい。食い終えた者から順番に仕事に出掛ける。 「朝の勤めが終わったら即戻るんだよ。姐御から大事な話があるからね」  飯を掻き込むグル一人一人に伝えている。 「姐御、今日は止めた方が賢明じゃありませんか」  番頭で地面師の亀山が注意した。 「ああ、仕事は止めとくよ。ただ気になる女があたいを付け回していた。浩史のドジを見ていた。あたいが痴漢をでっち上げた時もこっちを見ていた。尻手の駅でトイレに隠れて巻いたけどね」 「と申しますと?」 「二郎と仙太をやったのはあの女じゃないかとね」  亀山は女ボス湯山玲子を別の部屋に手招きした。 「もしその女が当たりだとして姐御はどうするつもりです?今日の午後四時の新幹線で戻る手筈です。あたし等は三軒茶屋からそのまま東京駅に直行します。他の連中にはそれぞれ朝の勤めが終わり次第一旦ここに戻り別々に新幹線と東海道で下る算段になっています」 「あたいは一人残るよ。若い衆の敵討ちをしてやりたい。その糸口が現れた、放っちゃおけない。番頭さん、あたいは若い時にドジを踏んで堅気の人を死に追いやった。本当なら生きていちゃいけない命だからね。でも二郎も仙太も大切な仲間だ。このまま見過ごすわけにはいかないよ」
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