都橋探偵事情『莫連』

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「姐御、もしかして」  亀山は玲子の覚悟を察した。もしかしたら返り討ちに合うかもしれない、その可能性が高い。 「あの子達に仲間を思う気持ちだけは伝えたい。あたいの命を引き替えても仲間のために命を張ったことだけは覚えておいて欲しい」  アパートを出て行くグルの後ろ姿に向けて話し掛けている。 「でも、もうここはヤサづけられて(住所を知られている)います。102号から出て来た男はジケイ(刑事)に間違いありません。段取りつけて明日か明後日には踏み込んで来ます。もしかしたら今夜寝込みにガサくることも十分考えられます。その前にとんずらしないとアンベル(逮捕される)かもしれない」 「あたいはもう今夜ここには戻らない。安宿でも探すよ。番頭さん、もう施設を守るのは掏摸(スリ)じゃ持たないよ。地面師で貯えた金がある。それで事業でも起こして当たり前の孤児院にしてあげたい。帰ったら玲子がこう言っていたと親方に伝えておくれ」 「姐御」  玲子は坂出荘を後にした。相棒は今日も浩史である。仕事をする振りをしながら昨日の女を探る。  相馬紀子は腹痛と嘘を吐いて検針をさぼった。磯子から始発に乗り横浜駅で待ち合わせをしているのは哀川瑞恵だった。ホームのベンチに並んで座った。 「女を見た。スリにしくじり痴漢呼ばわりして周囲の気を惹く手口、間違いないわ。尻手の駅まで追い掛けたけど見失った」  哀川瑞恵は悔しさが込み上げて声が大きくなっていた。それを相馬紀子が気遣った。 「瑞恵さん、下りホームまで聞こえるから」   紀子に諭されて笑った。 「ごめん、つい力が入った」
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