都橋探偵事情『莫連』

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「いいわよ。すぐに始末しましょう。そうすれば全て終わり、平穏が戻るわけじゃないけど頭に刺さった太い刺が抜ける。刺が抜けてジュクジュクと粘った痛みから解放されれば薬が塗れる。これからの人生を愉しみましょうよ」  瑞恵は自分より若い紀子の冷静さに感服した。 「それで何時やる、尻手駅で張れば必ず姿を現すわ。家を突き止めて行動を把握すればチャンスはあると思う」 「瑞恵さん、気が長い、そんなに待てない。これからやりましょう。電車の中でサンドイッチにして、あたしがドアガラスに背を当てて待つから瑞恵さんが女を私の胸まで押し付けて。この毛糸の首飾りを輪をにして頭から被せればそれでいいの。人形で練習しているから簡単よ。そのまま私が体重を掛けて輪っかを下に引けば終わり。女の背中からあたしの胸に鼓動が伝わりそう。瑞恵さんも女と身体を張り合わせて鼓動が止まるのを胸で感じていればいいのよ」  大胆にも満員電車内で犯行に至るつもりである。しかし満員であるからこそ死角が生じる。それに誰一人他人のことに関わりたくない。お互いの息遣いを躱すためにそっぽを向いている。 「胸が高まるわ」  瑞恵が深呼吸した。 「東神奈川駅で張り込み女を見つけ次第近付くわ。私が女の前に出て先に乗り込むから瑞恵さんは女の後を追って。上手くなだれ込めばそこでやる。客が乗り込み押し屋が押すときには終わっている。あたしは大口駅で降りる」 「あたしは?」 「あたしが瞬きを繰り返したら電車には乗らずに帰宅して」 「瞬きが無ければ?」 「最初に言った作戦、あたしは反対側のドアにへばり付いているから瑞恵さんは女を私の前まで押しやって」  瑞恵は頷いた。  
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