都橋探偵事情『莫連』

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 徳田は関内駅上りホームの端で煙草を吸っていた。相馬紀子を深夜から張り込んでいた。水道局に出勤なら七時に出れば充分間に合う。それが五時前に出た。例の藤の買い物籠を提げている。始発に乗り込み関内駅で下車した。改札には向かわずにホームのベンチに座った。この時間帯は職人か飲み屋で一夜を明かした酔いどれとホステスの帰宅時間。ベンチで編み物を始めた。水色の毛糸である。下り線が止まり電車が行き過ぎると背の高い女が相馬を見た。一瞬笑みが出たのは知り合いである証。案の定相馬の隣に座った。背の高い女の声が聞こえる。『スリ・・・痴漢・・・尻手』そんな単語が耳に残った。そしてまた静かになった。この単語は確かかどうか分からない、だが三っ全て聞き間違いと言うことはないだろう。特に尻手ははっきりと聞こえた。尻手と言えば南武線の駅名。徳田は電車がホームに浸入するまで階段を下りて待機した。電車の到着アナウンスが入るとホームに上がり張り込んだ。二人は一向に動く気配がない。そして7:15.の東神奈川行きに乗った。既に混雑している。東神奈川駅の通勤ラッシュのピークは7:30.から8:30.帰りは17:30.から18:30.女二人連れが出勤ピーク時に移動するのはどうしてだろう。依頼の翌日相馬と水島悟がやはり混雑時に乗り換えた。相馬は乗り込み悟は押し屋のように乗客を押し込んでいた。しかし悟はその電車には乗らずに根岸線下りに乗った。恐らく行先は磯子の相馬宅だろう。あのラッシュ時に何が目的だったのだろう。コンビは違えどラッシュに向かっていく女二人を徳田は尾行した。  神奈川西署の多田は東神奈川駅で昨日の女を張っていた。通勤時間だから毎日同じ時間と同じ車両に乗り込むのは全く不思議はない。むしろ毎日別の車両に乗り込む方が珍しい。人は大概利便と験担ぎを大事にする。その女が気になったのは二点、いい女であることと、若い男とアイコンタクトを取っていたこと。それが二日間続いた。これも不思議ではない、毎日同じ時刻同じ車両に乗り込むうちに挨拶を交わす程度の関係になる。毎日顔を突き合わせていながら他人と接したがらない大多数より人間味がある。  
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