都橋探偵事情『莫連』

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 並木刑事は改札前で乗り換え客を張っていた。上りから降りてすぐに下りに乗り換える客を探っている。忘れ物をして自宅に戻るか、よほど体調が悪くて欠勤決め込む以外に乗って来た路線をすぐに戻るのはおかしい。先日尾行した男がそうだった。その男は尻手駅で見失った。見失う原因は女である。疝痛の介抱に背を擦ったこと。その女が多田刑事の睨んだ怪しい女と類似している。逃がした男とその女は同じ路地を利用していた。その路地の先には怪しいアパートがある。そのアパートは坂出荘、昨日多田が大家を当たっている。富山の薬行商に短期部屋貸しをしているらしい。部屋貸しだから人数は把握していない。そして広島弁の紳士に声を掛けられた。恐らく薬売りと名乗る一員だろう。先方から声を掛けて来たのは自分の素性を読み取るためではないだろうか。わざわざ焼き鳥屋の所在を聞くために声をかけるとは思えない。  女スリ和美が背の高い女の後ろでボスの湯山玲子に目配せした。玲子もその合図を受け取った。やはり勘は当たっていた。痴漢芝居をじっと見ていた。そして尻手駅まで追ってきた女。和美の勘と玲子の勘が一致した。玲子は列の中ほどで並んでいる。根岸線と横浜線がほぼ同時に到着する。根岸線からの乗客が列に並ぶ客を津波のように押し流す。玲子が乗った。押し込まれる。そのすぐ横に相馬紀子がいた。ほぼ同時に乗り込んだ。紀子は玲子に近寄る。人の波が車内に押し寄せる。玲子と瑞恵が車内と社外で睨み合う。夫の仇、グルの仇、お互いが確信した。車内に押し流される客はみな足元を見ている。紀子が藤の籠から毛糸を取り出した。予め輪にした撚った毛糸を玲子の首に掛けた。玲子の肩なりに両手を滑らせて背骨に沿っておもいきり体重を掛けた。毛糸の蛇口が掌に喰い込む。それと同じだけの力が玲子の首を絞めつける。右手を蛇口から外す、左手でそれを引っ張る。スルスルと抜けて藤の籠に収まった。玲子が崩れるのを紀子が脇を掴んで支えた。紀子が背伸びして瞬きを繰り返す。押し屋に背を押されていた瑞恵が気付いた。押し屋から逃れ連絡通路の階段を上がる。  
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