都橋探偵事情『莫連』

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 背の高い女は乗らなかった。乗るつもりでいた。もう少しでドアを跨ぐところだったが押し屋の手から逃れた。こないだもそうだ。水島悟は乗らずに階段を上がった。徳田は思案した。どうしてここで別れる。ここまでの過程で用足しを終えたのだろうか。徳田は背の高い女を追った。  多田は別のドアから横浜線に乗った。女の頭は手前の男客の頭が邪魔で確認出来ない。近寄ろうにも身動き一つ出来ない。大口駅に到着した時がチャンス。下車するのは少人数だが流れが生じる。  並木の人相帳にある若い男が階段を上がり下りホームに下りていく。並木はその男を追った。行先は間違いなく尻手駅、それから坂出荘に入れば間違いなくスリ集団である。富山の薬売りが手ぶらであるわけがない。多田と昼に喫茶樹里で待ち合わせをしている。ガサ入れの最終判断をしなければならない。一刻の猶予もない。  哀川瑞恵は緊張で動悸が激しい。階段を上がり便所に駆け込んだ。床に手を着き便器にもどした。内容物は無いが吐き気は続く。荒い息を吐きながら時折の吐き気、内容物が無いだけに余計苦しい。吐き気が治まると口呼吸で動悸を正常に戻す。  女スリ和美は哀川瑞恵を追い掛けて便所に入る。化粧を直しながら瑞恵が出るのを待つ。バッグからきつね(鋏)を出してスカートに挟む。瑞恵がドアを開けたと同時に飛び込んで刺し殺す。グルの復讐である。殺された相棒の仙太はドジだが弟のような存在。今日の午後には関東から退く。  徳田は哀川瑞恵が便所から出てくるのを待っている。出て来たら尾行する。住居を確認し素性を調べる。相馬との関係を探り、水島悟殺害の真犯人を突き止める。水島は復讐心に燃えている。一人息子と妻を同時に失ったショックは時の経過も解決してくれない。水島の気持ちは充分理解出来る。莫連がちょっかい出さなければ起きなかった不幸。復讐するならその勢子になって協力するのはいとわない。    
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