都橋探偵事情『莫連』

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「先輩、この男見たことない?」  浮浪者は写真を手に取り見つめた。笑っている。ラークを一箱出した。首を振った。小銭を出した。両手をどんぶりのように合わせた。そこへ落し込むとまた襤褸の中にしまった。襤褸の内側には細工があるらしい。小銭はじゃらじゃらと音を立てて男の膝の辺りで止まった。 「見たことねえなあ」   写真を返された。男は寿町に向かって歩いて行った。徳田は堪え切れずに笑い出した。あの意味ありげな表情は商売上手なだけであった。聞き取るつもりがすかっりやられた。もう学生達もまばらになった。三時間程度と決めていたが既に六時間が経過した。水島悟は一時的にこの駅を利用したに過ぎないのではないか、徳田はそんな気がした。張り込みを続けていれば両親が出遭ったように偶然出遭えるかもしれない。そんな運命的な出遭いがそうそうあるわけがない。徳田は桜木町まで切符を買った。上りホームに東神奈川行きが入った。水色のセーターを見付けた。ズボンは見えない。徳田は改札を出た。タクシーを拾った。今日初めての水色のセーター。確認ぐらいはしたい。 「運ちゃん、この上り電車を追ってくれる。先ずは関内駅で停めて」  男は笑っていた。横を向いていたのは誰かと会話をしていたからだろう。女だった気がする。関内駅に先に到着。財布には万札しかない、仕方なく運転手に一万を渡して待つよう告げた。回数券でホームに向かう。電車が入って来た。二両目にいた。水色のセーターに黒のズボン、だが髪は短髪、刈り上げが眩しい。隣に三十路を過ぎたくらいの女がいる。編み物をしながら話をしている。男は笑って女の話に頷いている。徳田は迷った。運転手に渡した一万がちらついた。タクシー会社は分かっている。徳田は電車に乗った。棚に捨ててある新聞を広げて斜向かいの空席に座る。。ラークの隠しマイクをオンにした。徳田は写真を出して新聞の中で見比べる。笑い顔では分からない、素顔の一瞬で本人と確認した。張り込み成功、徳田は安堵の溜息を吐いた。これでヤサを突き止め両親に知らせれば終わりである。関内駅から仕事帰りで満員になった。前に立つ客の隙間から二人が見え隠れする。終点の東神奈川駅だとアナウンスが入る。女が立った、そして水島悟も立ち上がる。徳田が立ち上がると前の客が「まだ早い」と言う渋い顔をしている。女が身体を揺らしながら接着した客と客の間を剥がすように出口方向に進んで行く。悟は女のように進めない。ドアが開いた。女が他の客に何か言った。客が押し出されるように横浜線に向かう。 「あんたのスリ見たわよ。逃げると大声出すわよ」
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