都橋探偵事情『莫連』

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 仕事の瞬間を押さえられた男は迷った。女はすられた男に近付いている。肩を叩こうとした。 「分かった」  札入れは既にグルに渡しているが逃走すれば声を出される。他の車両にいる仲間まで巻き込んでしまう。警察の張り込みもあるかもしれない。駅員も注意している。 「付いて来て、聞きたいことがあるだけ」  男は仕方なく女に着いて行く。女は乗り換え客が怒涛のように押し寄せる横浜線に乗り込む。男は女を追う。女の前には被害者がいる。まだすられたことに気が付いていない。男は女の後を追って電車に乗る。超満員で背を押さなければ乗り込むことは出来ない。男を押すのは水色のセーターを着た水島悟である。水島は男を押し込んで自分は乗らなかった。徳田はホームで悟の頭を見ていたが客の波にのまれて追うことが出来なかった。徳田は客足が退いたホームに戻るが悟の姿は見えない。横浜線下りが発車する。階段を駆け上がり隣のホームに立つ。階段の途中から短髪を捜す。根岸線下りに乗り込んだ。徳田は懸命に追うがホームには乗り切れない客であふれている。ドアから身体が半分飛び出している男の背を突いてそのまま車内に潜り込もうとするがドアが閉まった。徳田が押した男がガラス越しに軽く会釈をした。徳田は改札を出てタクシーに乗り込んだ。 「関内北口」  待たせてあるタクシーはハザードを点けたまま待機していた。メーターは上がっているが釣銭はたっぷりある。徳田は悟を追い込みながら取り逃がしたことを悔やんだ。しかし女の特徴もしっかり掴んだ。次は必ずヤサまで突き止める。しかし東神奈川駅で別れたのはどうしてだろう。離れずにいれば悟も横浜線に乗車出来た。そして悟は迷わずに下り根岸線に乗り込んだ。女を見送ったのだろうか、その可能性はある。いずれにしても悟が実家に戻らないのはあの女の存在があるからだろう。終始笑顔で頷いていた。徳田は一旦事務所に戻った。  
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