都橋探偵事情『莫連』

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小走りで山手駅に向かった。徳田は上りに乗って東神奈川駅まで行く。昨日の様子を振り返るためである。根岸線と横浜線、通勤時も帰宅時も同じような混雑模様である。電車内では自分の体積が立ち位置である。隙間なくと言うか最低限の体積まで潰されるラッシュ。これを毎日行き帰り繰り返す。そこまでして出勤しなければならない不愛想な男達は何が楽しみで生きているのだろうか。徳田はこのラッシュから外れた人生に感謝した。根岸線の上りが到着、既に横浜線下りは満員。ドアが開いた。ドアは開くと言うより破裂の方がぴたりと来る。人と言う汚物が破裂した排水溝からはみ出して来る。ホームに流れ出てまた別の排水溝に吸い込まれていく。入り切れない汚物は隙間に合う形に変えて何とか潜り込む。徳田は見ていて吐き気がして来た。昨日の状況を回想する。女は東神奈川駅手前で立ち上がりドアの近くまで行った。水島悟は少し時間差を置いて立ち上がるも女の位置までは行かない、行けないと言った方が正しいだろう。自分も立ち上がる、徳田の立ち上がりに前の男が苛ついた。女の周りはどうだ。目を瞑り回想する。ほとんどが背広を着た勤め人、大概バッグを持っている。背広じゃない服装が数人いた。ドアが開いた。女は押し出されるように下りた。何かを喋った。誰に?まさか痴漢にあった。女の視線の方向に若い男がいた。男も女を見ていた。女が先に乗る。また何か喋ったような気がする。その男も電車に乗る。乗り切れない。そうだ水島悟がその男の背を押していた。男が乗り切りドアが閉まった。悟はすぐに連絡通路の階段を上る。そして根岸線下りの満員電車に乗り込んだ。次の電車が入って来た。徳田は目を開け今の回想を実写に当てて確認する。間違いない、女は若い男に声を掛けた。男の立ち位置からすると横浜線に乗るつもりはなかったのではないだろうか。骨と皮の回想に肉が付いていく。とすると女の呼び掛けによって急遽横浜線に乗ることになった。だとすると痴漢じゃない。わざわざ被害者を追い掛けるわけがない。徳田はここまでを脳にインプットした。水島悟と女のヤサは根岸線石川町駅より下り方面である。悟がとんぼ返りしたのは目的地があるからだろう。そうでなければあんなに急いで帰ることもしまい。定住先があると見ていい。
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