都橋探偵事情『莫連』

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「身元が判明しない。お前さん達の追っている仏さんと同じだ。札入れには他人の名刺が何十枚もあるが本人を特定出来る物はない」 「同じです、真金町の該者もそうです。札入れに名刺が二十枚ありました。今電話で確認作業をさせてます。あいつ等もバカですね、掏った本人の名刺を持ち歩けばすぐに足が付くでしょう」  中西は並木の案を横取りして笑った。 「そりゃ無駄足だな」  多田に一蹴された。 「どうしてですか?あの名刺は掏ったものです。被害者が割れます、そうすればある程度の場所が特定出来ます」  中西が多田に噛み付いた。多田が笑ってコーヒーを啜る。 「いいか、名刺は確かに掏ったものだ。だが本人のものじゃない。自分の名刺入れを見ろ、自分の名刺は何枚ある、一枚か?奴等の持ち歩いている名刺は該者の取引先の名刺だ。詐欺の時に化ける手段だよ。帰ったらよく見てみろ、大概聞いたことのある会社だ。それを見せれば騙される年寄りもいる。まあ電話確認するのもいいが電話代も税金だからな、無駄に使うな」  言われてみればその通り、掏った相手の名刺を持ち歩く馬鹿はいない。 「実はこいつなんです、名刺を片っ端から当たろうって考えたのは。馬鹿だねお前、多田さんの言う通りだろ。俺は初めからそう思ったんだ。税金だよ電話代も、事務員の給料だって馬鹿にならないよ」  中西が並木のせいにした。 「でも、本人のものじゃなくても、ある程度の関係は分かるんじゃないでしょうか。取引先から始まる関係でも、長くなると趣味が一致していたり、我々もあるじゃないですか、逮捕したけど更正して店を出す。飲み仲間になっても不思議はない。もしかしたら被害者の行動がスリ集団に読まれていたとしても不思議じゃない。もしかしたら同じ電車に一緒にいた可能性もあります。名刺の持ち主に、瞬間の記憶があるかもしれません」  並木の意見に多田が頷いた。
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