都橋探偵事情『莫連』

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「被害者は電車に乗る前に刺されたんじゃないでしょうか、超満員の車内で反転するのは不可能です。刺されてドアが閉まった。だからドアを背にしていた。朦朧とした意識の中でもドアが開き反転してうつ伏せに倒れた」 「やはりそう思うかね君も?刃物その物は長くないが被害者の前に乗客と言う壁があれば刃の根元まで刺せる。すると東神奈川駅で乗車するタイミングだな」 「目撃者いるはずですね」 「明日の朝同じ電車の同じドアに乗るつもりだ。そこで当たってみる」 「俺も付き合わせてください」  並木が希望した。 「いや許可が必要だな。それにあのでっかい相棒が立ち塞がる」 「はい、直属の上司には俺から説明します。中西は問題ありません。人の事を平気で貶しますけどすごくいい奴なんです」  並木が答えるとそこへ中西が合流した。 「ピラフ硬かった。雷おこしをバラバラにしたようでしたよ。で、どうした並木、多田さんのお荷物になってないか」  並木の肩を叩いた。並木は多田から聞いた状況を説明した。 「俺は居合をずっとやっています。それに愚連隊と刃物でやり合ったことも幾度もあります。刺された傷が深ければ深いほど声は出にくい。『ウッ』と声にならないんですよ。急所ならそれで終わりです。痛い痛いと大騒ぎするのは皮と肉を切られた時、特に鋸で挽かれたりバールで引っ掛かれた時は叫び声を上げる。生きてりゃ顔つきが変わる。いくら立つのがやっとの満員電車でも誰かが気付く。俺は他の駅で刺された可能性が高いと思いますよ。例えば乗換駅、東神奈川始発ですからね。超満員、乗り込むときに後ろから押されれば誰も気付きません」  合流していきなりの見解が多田と並木を驚かせた。直感勝負の中西の本領発揮である。 「そうだな西、お前の考えが当たりかもな」  並木は相棒の活躍が嬉しい。多田は若い二人の刑事の勘が頼もしかった。  編み上がった鼠色のセーターを着てはしゃいでいる。脱ぎ捨てた水色のセーターを解しに掛かる。
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