都橋探偵事情『莫連』

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「レディらしくない」  徳田がそれとなく注意した。 「探偵が偉そうに言うな。でももう止める」  投げ捨てようとした煙草を思い直して火種だけを落とした。 「それで何か話があった?」 「さっきお金持ちのおばさんが探偵捜してた」 「お金持ち、どうしてお金持ちって分かるの?」 「誰が見てもお金持ちだからさ。二人の紳士が介添えしてた」  徳田は事務所に飛び込んで電話を掛けた。 「もしもし、先ほどは失礼しました。都橋興信所の徳田と申します。お犬様が行方不明とか、うちに愛玩専門がおりまして、宜しければ担当させていただきたいと思いまして」  日出子が廊下から見ている。 「世の中金か、金見りゃ探偵も転がるってか」  日出子の声を受話器が拾った。 「いえ、こちらの話でございます。はい明日午前10:00.はい伺います」  住所を控えて受話器を下した。 「ばんざ~い」  住所から金持ちの匂いがする。山手の一等地、社長婦人か芸能人か、徳田は胸が躍った。道子に美味いものを食わせてやる。英一に玩具を買ってやる。しかし秘密裏にやらなければならない。誰にも知れずに犬探しをしよう。中西にでも知れたら日本中に知れ渡る。徳田はステッキをコート内にしまい水島悟捜しに出掛けた。  藤棚商店街から国道に出る手前のマンション五階のベルを鳴らした。 「どうぞ」  住人は哀川瑞恵である。痴漢冤罪で夫が自害した。相馬紀子と同じような境遇で意気投合した女である。
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