都橋探偵事情『莫連』

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「さあ帰りなさい」  悟は寂しそうに頷いて哀川瑞恵宅を出た。廊下で見送る紀子に手を振った。 「あの子大丈夫かしら?」  瑞恵が不安を感じていた。 「ええ、あたしも考えてるの。もうあの子は使えない」 「でもあれじゃ我慢出来ずにまた来るわよ」 「うん、手懐けてはおくから大丈夫。あの子ね、高校生から不登校で母親に暴力を奮っていたの。ごく普通の家庭のような気がするけど色々あるのよね」 「ところであんた検針は辞めるつもり?もったいないわよ。それに隠れ蓑になるわ」 「明日から出るわ。私がいないとやっぱり困るみたい」 「それがいい、アリバイにもなるし。あたしが探っておくから」  瑞恵は藤棚商店街のスナックで働いている。夫の保険が満額下りて生活には問題ない、気晴らしで務めていた。たまに性欲を満たすために若い客と遊んでいた。二人は密に連絡を取ることで別れた。  翌日のラッシュ時東神奈川駅から横浜線に乗り込んだ。多田はいつも笑ったような表情をしている。きつい目をしているとスリに感付かれるからである。中西と並木は車内で潰れそうになっている。これほど通勤ラッシュが苦しいとは考えてもいなかった。多田から少し距離を取るよう指示されていた。刑事丸出しの二人と一緒にいてスリに感付かれてはまずい。菊名に停車した。多田の乗る車両は昨日刺し殺された男が乗っていたドア付近である。予め当たりを付けた降車客にホームで声を掛けた。昨日まであったブルーシートは片付けられていた。 「すいませんが少し話を聞かせていただけますか」  コートの内で手帳を見せた。多田は駅長室に誘った。 「お疲れの所申し訳ありません。犯人逮捕に協力をお願いします」  多田が深く頭を下げた。男は仕方なく頷いた。中西と並木が入室した。 「この二人は私の仲間です」  二人は手帳を翳した。連れ込まれた男は事件の大きさに気が付いて驚いている。
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