都橋探偵事情『莫連』

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 真金町の刺殺に使われた凶器は毛糸である。並木はそれに引っ掛かった。 「よし、やれよ並木。署には黙っていても問題ないさ、俺もその時間に東神奈川を探る」  中西が並木を押した。 「悪いが中西君、君には下りて欲しい」  二人は多田の言葉に呆気に取られた。 「多田さんどういうことですか、俺が邪魔ですか?」  中西は邪魔者扱いに腹が立った。 「そうだ邪魔だ。君はカッコ良過ぎる。背は頭抜けて高い、恰幅もいい、目付きも鋭い、服装も刑事でござるときたもんだ。悪いがスリ向きじゃないんだ。君を見掛ければ奴等は動かない。お大師がいると警戒して立ち去る。奴等が横浜から去ればもう終わりだ。次はいつになるか分からない。悪いが箱でうろつくのは止めた方がいい。君の捜査のためでもある」  中西はもっともだと納得した。 「ですよね、カッコ良過ぎますかねやっぱり。分かりました。俺は被害者の身元割に徹します。こいつはお任せします。おい並木、多田さんの言うこと良く聞いて、無い頭を使うんじゃないぞ」  中西は並木の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜた。 「恥ずかしいから止めろってんだ」  叱られている子供のようにいやいやをした。  京急戸部駅から東海道を保土ヶ谷に向けて歩いてすぐ右に曲がると帷子川の支流石崎川が流れている。平戸橋を渡るとすぐに八軒の建売住宅の一番奥が水島家である。悟が帰宅したので依頼を打ち切ると電話があった。いくらかでも依頼金は戻らないかと要望があり徳田が出向いた。確かに二日間電車で石川町と東神奈川を往復しただけで五万は気が引ける。しかし原則としてどのような都合でも依頼主からの中止要請での減額はあり得ない。だがあまりにも短期な上、懇願されて、徳田は一万だけならと減額要請に応じた。ベルを押すと主人が出た。下が二間で台所と風呂便所、二階が一間で物干しがある小さな戸建てである。六畳和室の居間に案内された。
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