都橋探偵事情『莫連』

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「無理を言ってすいません。悟が戻ったもので依頼は改めて中止とさせていただきます。申し訳ありません」  夫人と二人で頭を下げた。徳田はコートを脱いだ。背広の胸ポケットには茶封筒が飛び出している。これを渡してしまえば話は聞けない。悟の不可解な行動が気になる。焦らし作戦で経緯を聞くことにした。 「ご長男はいつお戻りになられたのですか?」 「お宅様に電話した少し前です」  すると十一時頃になる。 「実は二日間始発から終電まで張り込みをしていました」  少し色を付けて伝えた。 「水色のセーターと長髪にずっと気を付けていました。もしやご長男、短髪ではありませんか、それも刈り上げ?」  夫婦は顔を見合わせている。当たりだ。 「はい、そうですが」 「これまで刈り上げにされたことはありますか?」 「いえ驚きました」  早く金だけおいて帰って欲しいと顔に出ている。 「失礼ですが石川町より下りにご親類はいますか?悟君が乗っていました」 「二人共大宮出身で結婚してからこちらに来ました。横浜と言うか神奈川県に親戚はおろか友人もおりません」  悟が根岸線の石川町より下りに向かっていた。それもフラフラしていたわけじゃない、目的がありそこを目指していた。悟は不登校で友人もいないと聞いている、するとやはり毛糸を編んでいたあの女の存在が怪しい。その時天上がドンドンと鳴りだした。強く足踏みをしているような音である。 「悟」  夫人が立ち上がると主人が止めた。徳田はすぐに悟が暴れているのだと察した。
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