都橋探偵事情『莫連』

43/281
前へ
/281ページ
次へ
 徳田は一礼して水島家を出た。二階を見上げると物干しの奥の一間の出入り口の片側に雨戸がされている。雨戸のないガラス戸には藍色のカーテンがされている。徳田が見上げるとカーテンが揺れた。  徳田は市電1系統に乗り青木通リまで行き3系統に乗り換え山本町まで行った。そして徒歩で山手まで行く用向きがある。犬の捜索依頼である。山手本通りから桜道に入りすぐ左に柴田と英語表記の表札がある。ベルを鳴らす。 「はい柴田です、どちら様でしょうか?」  恐らくメイドだろう女が出た。 「お約束をしております都橋興信所の徳田と申します」  若い男が門扉を開ける。吹き抜けのリビングに案内されると見たことのある女が立っていた。 「どうぞ」  ソファーに座るよう誘われる。 「すいません野暮用でお時間を変更させていただきました」 「いいのよ気にしないで」  徳田は名刺を差し出した。 「あら随分と若い所長さんね」  何処で見たか思い出せないが確かに記憶がある。 「失礼ですがどこかでお会いしたことはありますか?」  女は笑っている。この女は歌手で女優の江利川峰子である。徳田は全く芸能音痴、テレビもニュースとドキュメンタリーしか観ない。 「さあ何処かで会ったことがあるかもしれないわね」  峰子はとぼけた。自分を知らない人はいないとうぬぼれていたのが可笑しかった。そして写真を五枚テーブルに並べた。柴犬の幼犬、本人とじゃれている写真である。 「何時いなくなりました?」 「一昨日の昼過ぎ」
/281ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加