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朝の通勤ラッシュ時の仕事を終えて尻手のアジトに戻っていた。
「姉御、妙な女がいました」
切り出したのは女スリ和美である。
「気にし過ぎじゃないのかい。二郎と仙太が殺されたから神経が過敏になってるんだ」
女ボス湯山玲子が答えた。
「違うよ、あの女はあたいが車両を移ってもすぐ後ろにいた。札入れを大山の紙袋に落とし込んだ時に一瞬だけど目があったんだ。向こうは気付いちゃいないと思うがね。そんでホームを移動するとき振り返ったらやっぱりこっちを見ていた」
スリの勘が働いた和美は玲子に克明に知らせた。
「そうかい、勘の利くお前のことだ、気に留めておく必要があるね。どんな女だい?」
「見た目三十代、女にしちゃ背の高い、満員の中男に混じっていても埋もれずに顔が見えた。細面でのっぺりした顔だよ。化粧は薄くいい女じゃない」
「髪は?」
「頭の上で丸めていた。下ろせば背まであるかも」
番頭の亀山が和美の証言をスケッチする。
「何か持っていたか?」
「たしかハンドバッグ。黒だよ。こんな風に前にぶら提げていた」
和美は女の素振りを真似た。
「こんな感じか?」
亀山が書いた似顔絵を和美に見せた。
「ああ、大体そんな感じさ。目が細かった」
絵を見ると実物との比較が分かるようになる。和美の記憶を絵に反映していく。
「ああそれだよ、その絵を覚えれば箱で見落とすことはないよ」
箱とは電車である。
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