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徳田は江利川峰子宅を出て徒歩で産婦人科に来た。病室に入ると道子の両親が振り返った。徳田は深々と礼をした。英一は義母に抱かれている。
「お父さん、食事に行きましょうか」
「ああそうしよう」
徳田に気遣ったのか義父の気持ちを読み取ったのか義母が気を利かしてくれた。
「ほーらパパだよ」
徳田の胸に預けた。生まれてから二回目の抱っこである。二人が出て行った。
「そんな難しい顔をしてないで笑って」
不器用でシャイな徳田は例え道子の前でも照れてしまう。
「ベロベロバー」
英一が笑った。ベロベロバーを連発する。やっと我が子と実感した。ぐっと重みを感じた。この子が成人するまで責任を持って育てなければならない。金が要る。働き甲斐を感じた。
「いい仕事にありついた。これで少し楽させられる」
「いいのよ、無理しないで。実家はお金があるから引き出しましょう」
道子が笑った。徳田は幸せを感じた。あの戦争孤児がこんなに幸せでいいのだろうか、道子と一緒になって良かった。
「そうだ道子、退院したら教会に行こう、子供等に報告したい」
「ええ、そうしましょう」
道子はシスターにも挨拶したかった。徳田との結婚に反対だったシスターにこの幸福を魅せ付けたい。
「それでいつ退院?」
「明日の午後、お父さんが迎えに来るって」
「そうか、いつまで実家にいるの?」
徳田は早く道子に戻って欲しい、しかしうちに連れて帰れば道子だけに子育てを任せることになる。実家なら至れり尽くせりの待遇であるが、いつまでも引き留められてしまう、そのジレンマにある。
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