都橋探偵事情『莫連』

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「時間を決めましょう、その時間はあなたが決めて」 「分かった。みんなで相談しよう」 「いいえ、英二さんが決めて」  道子に引導を渡された。徳田自身の甲斐性に掛かっている。道子が英一を徳田の胸から受け取った。 「明日実家に行く。そしてご両親にきっちり話すよ」  道子が頷いて微笑んだ。自分が不安だから道子にも不安を与えてしまう。英一を産んだばかりの道子には男じゃ汲み取れないほどの喜びがある、その一方で不安も大きい。自分が引っ張って行かなければならないと決意新たにした。  徳田は産婦人科を出て犬探しに掛かった。まだ三か月の犬である。近所にいれば必ず戻るはず、それが戻らないのは居たくないからである。江利川峰子の逃げたと言う表現が気になる。立派な首輪が付いている、犬殺しに連れて行かれることはないだろう。江利川峰子の第一印象からして近所付き合いの得意な方じゃないと読んだ。近所への聞き込みでは有力な情報が得られないだろう。江利川峰子宅前に到着した。自分が犬ならどっちに逃げるだろう。車が頻繁に往来する通りは避ける。登りより下りがいい。そうだ公園に行かないだろうか。徳田は桜道を下った。根岸線も本牧道路も超えると山手公園に入る。 「フランク」  大きな声で呼んでみた。集団下校を率いる高学年の女の子が列に並ぶ子供等を徳田から守るような姿勢で進んでいる。 「見るんじゃないよ」  徳田の声に笑う低学年を叱っている。危ない男と感じたようである。山手公園の周囲には学校が多い。徳田は芝の上に胡坐をかいてラークを咥えた。ひと気を確認した。 「フランク、フランク」  犬がここに逃げたと予想して来たに過ぎない。この公園で走り回っている可能性は宝くじ一等に当たるより低いかもしれない。金持ちと聞いて安請け合いしたが犬探しは人捜しより困難だった。
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