都橋探偵事情『莫連』

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「もしもし」  後ろから声がしたので振り返ると警官だった。警棒に手を添えている。徳田は知らん振りした。 「おい、君だ」  徳田が立ち上がると警棒を抜いた。 「何だろう?」  怪しいからに決まっている。 「ここで何をしている?」 「犬を探している、それだけだ。私に構わず職務を遂行しろ」  大概カチーンと来る。警官も例外ではない。 「交番まで来なさい」  子供等が見ている。恐らくさっきの女の子が麦田交番に寄って知らせたに違いない。仕方なく着いて行く。警官は臨戦態勢を崩していない。所持品検査を受けるだろう。コートの内には得物のステッキがぶら下がっている。交番に着くとすぐ名刺を見せた。 「都橋興信所、よく聞きますよ。あなたが所長ですか?」 「ええそうです、人の名刺を出しても仕方ない」  一言多い、それでこじれる。 「子供等からすると実に怪しい男に見えますよ。そんな服装で公園で何やら叫んでいたんでしょ」 「これが怪しい服装ですか?」 「黒のソフトに黒のコート、黒ずくめの男が公園で奇声を発していたら子供等は恐がりますよ」 「服装は趣味の問題だ。それに奇声じゃない、犬の名を呼んだだけだ」 「犬探しは仕事ですか?」 「そうだ」 「失礼ですがどこの犬です?」 「依頼人は明かせない。逮捕されれば別だが」  警官は面倒臭い男に関わったと運の悪さを怨んだ。素直に「もうしません」と頭を下げればすぐに帰すつもりだが一々突っ掛かる。
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