都橋探偵事情『莫連』

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「身分証明書はありますか?」  徳田は健康保険証を差し出した。警官は書き取った。 「はい、今日はけっこうです。もう怪しまれるような行動はしないでください」 「けっこうですとはどういうことかね?あなたが警棒で脅してここまで連れて来た。私は犬を探しているだけで何も悪いことは何もしていない。「ご協力ありがとうございます」と一言添えるのが礼儀じゃないか」  ボチボチ交代の時間である。いつまでもこの面倒臭い男と問答していても埒が明かない。身分もしっかりしている。 「さあお帰り下さい、ご苦労さんでござんす」  警官もそれなりに反抗した。徳田は笑ってしまった。 「そうそう、お巡りさん、折角お知り合いになれたんだ、生後三か月ぐらいの柴犬を見たら一報ください」  徳田は依頼人の顔に親指を当てて写真を見せた。 「ワンちゃんの名前は?」 「フランク、いい名前でしょ」  徳田はソフトのつまみを掴んで交番を出た。  東神奈川駅から電車に乗る。押し屋アルバイトの学生に背を押されてやっと乗り込んだ。並木は刺殺された男が寄り掛かっていた位置にいる。この位置から上客を見渡した。昨日多田が聞き取りした男もいた。男は並木のことは覚えていないようである。この男が目撃した藤の買い物籠を持った女は見当たらない。大口でドアが開いて一旦降りた。この駅からの降車客は二人だけで混雑は変わらない。並木は中年の男に目を付けた。菊名駅に到着。後ろ向きだから押されれば倒れてしまう。ドアが尻を擦りながら開いた。並木は回転する様にサッと飛び降りた。 「すいませんが」  並木はひと気を気遣いジャンパーのうちで手帳を見せた。      
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