都橋探偵事情『莫連』

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「一昨日なんですがどの辺りに乗っていたか覚えていますか?」  並木は予め用意しておいた簡単な絵を机に開いた。平面図でドアの前から多数の〇印は人を表し座席部は長方形に斜線が引いてある。 「一昨日ですか?今日はここ、昨日はこの辺り」  田中は記憶を辿り丸印を差した。 「身体の向きはどうですか?」 「必ず出口方向を向くようにしています」 「田中さんは一昨日ドアに寄り掛かっていた男を覚えていらっしゃいますか?」 「菊名駅で倒れた方ですか?」 「ええ、そうです。倒れた男を見ましたか?」 「ええ、半回転する様に倒れたのを見ました。私が声を掛けようとしましたが駅員さんが早かったのでそのまま引き上げてしまいました。私も含めて誰も見て見ぬ振りです。面目ない」  田中は言って首を落とした。誰もが面倒に関わりたくない。 「やはりあの方は?」 「ええ、亡くなりました。残念です」  並木が答えた。 「東神奈川駅で被害者が乗車するのを見ませんでしたか?」 「ちょっと考えさせてください」 「ええ、お願いします」  田中は目を瞑り想い出している。並木は真金町で絞殺された男の所持品である名刺を出して確認している。すると田中と同じ大手不動産会社の男がいた。 「多田さんこれ」  多田が覗き込み驚いている。 「思い出しました。東神奈川ホームで押されてギリギリ乗り込んだんです。そう言えば苦しそうな表情に見えたがあの混雑ですから大体ああいう顔になるんですよね」 「押し屋ですか?」 「そこまでは分からない」  並木は名刺を差し出した。
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