都橋探偵事情『莫連』

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「そのナイフはどうしました?」 「家に転がっているのを警察が持って行きました」  吉川刑事が入って来た。鑑識が引き上げたので水島をうちに送り返すと言うので一緒に搭乗した。 「息子さんの部屋を見させていただきます」  布川が許可を申し出ると水島は二階を指差した。 「俺は署に戻るから、何か出たら教えてくれ」  吉川刑事が言い残して帰った。水島は崩れるように居間に横向きなった。目は見開いているが壁の一点を見つめたまま動かない。 「あれ大丈夫ですかね」  中西が水島の様子を心配した。 「今はどうしていいか分からないんだろう。突然女房が死んだんだ。支えがなくなったから立ち上がれない。立ち上がるには慟哭を幾度も重ねて涙が抜け切らなきゃ動けないだろうな」 「男女のこと詳しいですね」 「いや、俺だったらそうなると思っただけだ」  中西は余計なことを訊いたと頭を掻いた。  ベルがしつこくなるので起きてしまった。覗き穴を見ると水島悟だった。 「どうしたの悟君」  悟の顔色が悪い。哀川瑞恵は悟を入れた。大汗を掻いているのでサイダーを出すと一気に飲み干してゲップをした。 「今日は紀子お姉さんは来ないわよ」 「僕、お母さんの首を絞めた」  瑞恵は驚いて立ち上がった。カーテンを閉めて電気を点けた。 「それでお母さんは?」 「分からない。走って逃げたから」  悟は無一文、自宅の西平沼からこの藤棚の哀川瑞恵のマンションまで走って来た。瑞恵は区役所に電話した。水道検針員の相馬紀子を身内の危篤と嘘を吐いて呼び出した。
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