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「腹が減れば匂いにつられるな。人も犬も一緒だよ」
日出子の一言にピンときた。江利川峰子宅近くに料理屋はない。それに恐くて逃げ出したなら近場にはいないだろう。
「散歩してしんじゃないの。犬も馴れた道を行くもんだ」
岡林が補足した。人の話は聞くもんだ。一度江利川峰子に連絡を入れよう。徳田は事務所に戻り受話器を手にした。
「都橋興信所の徳田と申します」
「奥様はお出掛けでございます」
「そうですか、少しフランクのことで伺いたいのですが」
「お待ちください」と電話を離れたのはメイドの女だろう。
「代わりました」
「フランクは散歩をしますよね?」
「はい、朝だけですが私が担当でした」
昨日門扉まで見送った若い男だろう。
「すいませんがそのコースを教えてくれませんか」
「私も散歩コースが怪しいと随分探しに行きましたが見つかりませんでした。探しても無駄じゃないかと思いますが」
おかしなことを言うと徳田の勘働き。もしそうであっても先にコースを話すのが筋ではないだろうか。諦めさせるつもりだろうか。
「ありがとうございます。探していただいて助かります。実は私も行き詰っておりまして、藁をも掴むつもりです」
「この辺りはお詳しいですか?」
「ええ、大概の路は分かります」
男は話し始めた。
「ひとんちの裏道を抜けて蓮光寺さんで手を合わせ、女学院の校庭の隅を歩いて牛坂下公園で鎖を外して遊ばせます。それからやはりひとんちの裏道を抜けて学園の校庭を抜けて帰ります。一応二時間を目安に散歩していました」
「ありがとうございます。すいませんがお礼をしたいのでメイドさんに代わっていただけるでしょうか」
「はい、代わりました」
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