都橋探偵事情『莫連』

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「奥様は何時頃お戻りになるかご存知でしょうか?」 「奥様はご帰宅時間が決まり次第お電話があります。今ここで何時とお答えすることは出来ません」 「そうですか、先ほどの方は執事さんでしょうか?」 「いえ、私がメイドであの方は庭師でございます。御屋敷が広いので毎日来られています」  徳田は礼を言って電話を切った。牛坂なら昨日探した麦田とは全く反対方向だった。徳田は庭師の案内した散歩コースを回り帰りに道子宅に寄ることにした。今日は道子をいつ自宅に連れ戻すか両親に伝える大役である。考えると頭が痛いが早く親子水入らずで暮らしたい。毎日英一を抱っこしたい。徳田はコートを羽織りソフトを被った。廊下に出ると下の巡査が結婚相談所の前に立っている。ドアを挟んで中と外で話している。都橋商店街二階はほとんどが飲み屋で昼間営業しているのは結婚相談所と都橋興信所の二軒だけである。徳田がドアを閉めると巡査が手を上げた。 「お出掛けですか所長」 「忙しそうですね佐々木さん、事件ですか?」 「所長を逮捕に来ました、な~んちゃって」  下らないギャグも近隣住民から親しまれるお巡りさんになるための努力である。 「時間ない」 「殺人犯が逃亡しています。まあ所長は大丈夫だろうけどね。似顔絵が回ってきたからどうぞ。それじゃくれぐれも犯人と出くわしても殺したりしないように」  巡査は敬礼して宮川橋側階段を下りた。徳田はじっと似顔絵を見た。『水島悟二十一歳』徳田は巡査を追い掛けた。 「佐々木さん、誰を殺したの?」
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