都橋探偵事情『莫連』

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「それがさ腹を痛めたおふくろだってんだから世の中狂っちゃってんだ」  犬探しどころの騒ぎじゃない。徳田はタクシーを掴まえた。 「平戸橋、急いでくれる。メーターはいいから」  千円を渡した。水島宅の前には警官が一人立っている。警官には挨拶せずに玄関ドアをノックした。無視された若い警官がじっと見ている。 「どちら様ですか?」  警官と水島が同時に発声した。 「私です都橋」 「どうぞ」  ドアが開いて水島が入るよう促した。 「失礼ですが職務です、姓名と連絡先をお願いします」  若い警官はきつい目を向けている。 「私の従妹で心配して来てくれました」  水島が誤魔化した。知られたくない理由が存在する。 「山田正人、旧姓水島正人と申します」   徳田は適当に答えた。 「慰めに来てくれたんです」  水島の一言に巡査は納得して敬礼し職務に戻った。 「さっきまで刑事が来ていました」 「一体どうされました?」 「どうもこうもあの子が母親の首を絞めて殺しました」  水島はやっと話せる状態だった。 「あなたのことは警察に一言も話していません。どうか口裏を合わせていただきたい」  この通りだと祈るように手を合わせた。一人息子が家出をした。警察じゃ埒が明かないから興信所に依頼した。自然の流れである、警察に知られて後ろめたいことは何一つない。 「その手はどうなされました?」  掌に巻いた包帯は薄っすらと血が滲んでいた。
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