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「実は悟が逃げる際に私の登山ナイフを持ち出したので取り上げました。その時の傷です。そのことも警察には話していません」
悟が家出をしたときに登山ナイフを持ち出したことは依頼時に聞いている。水島はそのことを隠すために徳田の存在を明かさなかったと気付いた。凶器を持って逃走となればもっと大掛かりな捜査になっている。
「奥さんのことは心からご冥福を祈ります。ですが隠し通せますか?」
「あなたさえ言わなければ誰にも分かりません。お願いです。家内を亡くした、その上あの子まで失いたくない。他所様に危害を加えることなど絶対にありません。親子喧嘩がエスカレートしただけのことなんです。私があの子の面倒を付きっ切りで看ます。どうか依頼の話は無かったことにしてください」
水島は泣きべそを掻きながら懇願した。母親殺しの罪がどれだけ重いか理解していない。悟が戻ってくれば今まで通りの生活が出来ると思っているのだろうか、徳田は水島の話を聞いていてある意味不憫に感じた。親が子を思う気持ちはこう言うことなのだろうか。犯罪者、それも母親を殺した息子であっても庇うだろうか。自分はどうだろう、英一がもし精神的な病に侵され、道子を殺したらどうするだろう。想像が出来ない。
「悟に女がいると昨日報告されましたが、その女と連絡はつきませんか?」
水島は封筒を差し出した。悟が依頼から二日目に戻った。水島は徳田に依頼金の戻しを求めた。徳田は六万の依頼金のうち例外として二万を返却した。その時の封筒である。徳田は受け取った。夫人の葬儀の時に倍にして弔意とする。
「悟君が戻ってからの二日間、誰か訪ねて来ませんでしたか?」
水島は考えた。
「客はいません。回覧板が隣から一度だけです」
「水島さん、二階に上がってもいいですか?」
「悟の物には触れないようにしてください。それからこれを履いて下さい」
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