都橋探偵事情『莫連』

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 水島は自分のスリッパを脱いで徳田に履かせた。徳田は足音を立てないように階段を上る。入り口ドアは開いたまま。夫人の倒れていた後にマークがされている。物干しに出る一間のガラス戸の片側には雨戸がされている。もう片方は厚手のカーテンが引かれている。訪問したときこのカーテンの下部が捲られていた。徳田が見上げるとさっと下ろされた。徳田はカーテンの下部を開いた。そこからの視界は限られている。プロパンガスが二本立て掛けられている、その手前に水道のメーターカバーが見える。もう少し捲ってみた。斜め前の宅の玄関と庭まで見えてしまう。徳田が見上げた位置はプロパンガスの前である。部屋を見回した。高校一年から不登校だった悟。机には本らしきものがない。押し入れからは崩れそうにエロ本が重なっている。エロ本の利用目的はひとつしかない。徳田は階段を下りた。水島は血の滲んだ包帯で茶を入れていた。「どうぞ」と勧められるも飲む気がしなかった。 「ご主人聞きにくいがあのエロ本は?」 「あの子をおとなしくさせるために家内が用意したのが始まりで、それからずっと家内が買い与えていました」  苦肉の策かもしれないと徳田は納得した。一時的に暴力を抑えるには食欲、性欲しか思い浮かばなったのだろう。医者に診せなかったのは事実を知りたくなかった。知って同居する恐ろしさより知らずに我慢することを選んだのだろう。 「つかぬことを伺いますが悟君が戻っていた二日間にプロパンガスの取替はありましたか?」 「いえ、プロパンは月末です」 「水道はどうです、検針?」 「そう言えば朝九時に回っていました。砂利を蹴るとプロパンに当たる音で気が付きました。水道検針はよく来ています」 「よく来ますとは?普通は二か月に一度来てポストに伝票を入れていくと思いますが、まあうちは集合住宅だから、戸建てと違うのかな」 「桁外れに使用料の多い月があると水漏れも考えられますからね、その点検も兼ねているんじゃないですか、それか近所を回った序でしょう」 「検針員を見たことがありますか?」
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