都橋探偵事情『莫連』

75/281
前へ
/281ページ
次へ
「私は会ったことがありませんが家内と挨拶を交わしていた時に女の声だと覚えています」 「ありがとうございます。ご主人在り来たりな言葉ですが元気を出してください。悟君が戻った時に悲しがる」  徳田は外に出て警官に対してソフトを摘まんだ。警官が姿勢を正して敬礼した。  スリ集団の番頭亀山はこれからこのアパートの大家と交渉する段取りをグルとしていた。 「名刺を出せ。その中から不動産関係と銀行関係、建設関係、それから役所があればそれも探せ」  数千枚と言う輪ゴムで止めた名刺の束を畳の上に広げて亀山の指示通りに探し始めた。札入れを掏る度に相当数の名刺が出て来る。自分の名刺は名刺入れに入れて持ち歩くがその日の接触者との名刺交換は札入れに仕舞い込む者も多い。 「女があれば避けといてくれ」  地面師の妙子婆さんが言った。分け終え不要な名刺はまたゴムで束ねた。 「その中から同一人物があればそれを探せ」  亀山が指示した。グルの西川と横山が頷いた。分け終えると亀山に渡した。 「東横銀行営業課長 添田勉。二枚か」  二枚だと無駄に出来ない、相手が複数だと不足する。 「竹水建設営業部長 鈴木義一。十五枚。これは使えるな。大手の営業部長となると若くても四十後半、横山じゃ若過ぎる、西川お前は今から鈴木儀一だ、老け面にしろ。髪は白髪がいいなあ。妙子婆さんに染めてもらえ。それから安物のナリじゃ箔がつかねえ。行李から上等もんを選んでおけ」 「分かりました」 「銀行で三枚同一人物はないか?」  亀山はどうしても銀行員の名刺が同一人物で三枚欲しい。
/281ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加