都橋探偵事情『莫連』

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「同一人物は二枚しかありませんが同銀行の名刺なら八枚あります」  西川が同一銀行の名刺を差し出した。 「まあいいだろう、場所によって使い分けだ。いいか西川、お前が使い分けられなければボロが出るぞ。その人物になり切れ、いいな」  若い西川は頷いた。 「妙子婆さんには二役頼むことになる。この家の大家と地元不動産会社の社長だ。それに近い名刺はあるかい?」  妙子婆さんは名刺を見比べて頷いた。 「これにしよう、川崎の不動産家だよ。増田桃子。あたしにゃ恥ずかしい名前だよ」  みんなが笑う。 「いいか、今日中にその名刺の人物になり切る。服を見繕い、裾、丈は妙子婆さんに直してもらう。そして街を歩く、人前で羞恥心をなくすための訓練だ、絶えず笑顔だ、いいな。街を歩いても平場じゃ仕事をするな、どんなカモがいてもだ。明日の午前十時に大家に行く。午後には俺が当たりを付けた三軒茶屋の不動産に行く。現金で受けとりそのまま広島の本部に戻る」  スリの平場とは商店街や通りでの仕事を言う。番頭の亀山はグルに指示をして行動を開始した。それぞれが適当な衣服を身に着け寸法を直す。丁寧にアイロンをかける。身だしなみがだらしないと人を見られる。派手ではない高級感を出すことによって相手に安心感を与える。第一印象で不快を与えては急ぎの仕事は失敗する。二日間で現金を手にして広島に急行する。  通勤ラッシュ時に合わせ東神奈川駅で張っていた。菊名駅で発見された男は東神奈川駅のここから乗車したと断定しての張り込みである。どういう状況で乗り込んだのか確認するためである。 「私が君を押す。私はここに残る。君はそのまま菊名まで行って昨日同様当てを付けた乗客から聞き込みをしてくれ。私はスリを見当付けて追ってみる。そうだな20:00.に内幸町の喫茶樹里で待ち合わせだ」
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