都橋探偵事情『莫連』

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「さっき乗り換えに迷っていたおばあちゃんがいませんでしたか?」  多田は年寄りに冷たい対応をしたと反省していた。切符切りに訊ねた。 「いや私は存じておりませんが」  切符切りが答えた。多田は窓口に戻った。 「紫色の風呂敷包みを手にした老婆がいたと思うがどこまでの切符を購入しました?」 「分かりません」  多田は当たりを伺い警察手帳を窓口に掲げた。 「確か溝の口までです」 「溝の口?東京じゃなかったのかな。ありがとう」  多田は窓口に礼を言って喫茶樹里に向かった。  ドアと客に挟まれ息苦しい。並木は身長が低いので上から乗客の顔を覗き見ることが出来ない。首の間を縫って当たりを付けていた。背の高い女がじっと一人の若い男に視線を向けていた。 「降ります」  その女は満員の乗客の中を掻き分け大口で下車した。並木はその女を観察した。聞き込みで得た情報の小柄でふくよかな女ではない。それに藤の籠も提げていない。並木はその女が見つめていた若い男を追うことにした。男は菊名駅で下車した。東横線に乗り換えて横浜に戻った。そして東海道に乗り換えた。おかしい、どうしてそんな遠回りをするのだろう。並木は不思議に思いながら尾行した。男は川崎で下車し南武線に乗った。並木は隣の車両に乗り込み男から目を離さない。ラッシュも少し緩和され見通せる。尻手で降りた男は周囲を確認している。並木は大柄な男の陰に隠れて男の後を追う。男は改札を抜けた。並木は回数券で乗車したので改札で不足分を支払った。追い掛けて路地を曲がった。 「あー痛い痛い痛い」  通りの反対側で女がしゃがんだ。並木は女を見た。
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