都橋探偵事情『莫連』

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「それでゲジの人相は?」  玲子が訊ねた。 「ベテランだよ、そうだね五十少し前かね、中肉中背で写真家みたいな鍔の短いハットを深めに被っていたよ。色は色落ちした肌色だね。無精髭に白髪交じりさ。クリーム色の薄手のジャンパーに焦げ茶のズボン、ケツのポケットに新聞を差してたよ。一見競輪狂い、或いはあいちゃん、そんな風に見える」  あいちゃんとはスリの陰語である。 「婆さんがゲジと決めたわけは?」 「あたしが路聞きしたら追うのを止めて一瞬立ち止まった。それも仕事のうちだと言わんばかりにね。ところで姐御の絡んだゲジは」  番頭の亀山が人相書きを渡した。 「齢は二十代後半、背はあたいより少し大きいぐらいかね。黒いジャンパーにワイシャツだよ。やさしい男でね、あたしが疝痛でさし込みを見せたら仲三を追うのを諦めて背中をずっと擦ってくれたよ。おまけに医者を勧められた」  仲間が笑うが玲子は並木のやさしさを感じていた。真っ当な生活をしていての出遭いなら惹かれたかもしれない。因果な関係を怨んだ。そこへ武が入って来た。 「姐さん呼ばれました」  武は明らかに酔っていた。 「武、お前さん何か忘れちゃいないかい?」  武は考えた。まさか東神奈川で男から声を掛けられたことではないだろう、駅で巻いたと信じている。 「武、妙子婆さんが機転を利かしゲジの尾行を止めた。何処だと思う、尻手駅だ。そのゲジはこの路地まで入ったらしい。間一髪だ」  番頭の亀山に睨まれ酔いが醒めた。 「すいません、実は東神奈川の駅で中年の男に声を掛けられました。上手く交わしたと思ってましたが、あの男がゲジだとは」  亀山はスケッチを見せた。武は目を剥いて驚いた。
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