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「でもいい話じゃないか、もしかしたらいずれ会うだろう息子さんに編んでいるんだよセーターを。きっとそうだよ」
中西の口から出まかせは夫人におかしな方向に解釈されてしまった。中西は「ここだけの話」と何度も念を押して店を出た。
山手の実家の前で深呼吸した。他では図々しい徳田も道子の両親だけは苦手だった。特に義父との関係は発展しない。どちらも上戸だが誘い合うこともない。大概どこの義理の親子でも会えば『一杯やってけ』となるが初対面のとき一度きりで、それから三年間そう言う声掛けはない。今日の用件はいつ道子と英一を引き取るか伝える事である。これはこっちの都合で決定することで先方の希望を叶えることではない。はっきりと言わなければ甲斐性無しと判断される。甲斐性無しに大事な娘とその娘が産み落とした大事な孫を預けるわけにはいかないと義父のもっともな説教が始まるのは目に見えている。徳田は覚悟してベルを鳴らした。ドアが開いて門扉までスピッツが走り寄って来た。その後を道子がゆっくりと歩いてキャンキャンと徳田に吠え続けるスピッツを抱え上げた。徳田の来訪を道子が告げていた。久々の来訪に合わせて夕餉の支度がされている。
「お世話になっています」
「さあ掛けなさい。うちのチビが吠えるからすぐに君だと分かった。チビは君が嫌いなようだ」
義父が挨拶した。これぐらいの方が伝えやすいと思った。
「英一さんとここでこうして食事するのも久しぶりね、三年振り、あなたが初めて来た日」
義母が笑った。
「すいません、ご無沙汰してしまって」
また謝ってしまった。先の謝りは下手の始まり、挽回するには起死回生の一手しかない。
「まあ飲みなさい」
義父の薦めに義母が酌をした。
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