都橋探偵事情『莫連』

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 グル一人一人から上がりを受け取りながら一言告げる。決して荒い言葉は使わない。孤児院創設者の教育だった。スリに仕立てながらも人道は踏み外さない。盗人の説教と笑い飛ばすが、まとめるには欠かせない一環である。仲間意識を深く持たなければ突出した誰かから不満が上がりいずれ爆発する。全ての崩壊に繋がる。スリでありながらも尊重し合う人間形成を念頭に入れての教育方法だった。  一日の上りは預金口座に入れて広島本部に持ち帰り現金化して孤児院の運営資金にしている。戦後ずっと続けてきた。孤児を預かりスリに仕上げる。孤児院を巣立ったスリの上りで孤児院を運営し、またスリを育成する。湯山玲子達はその一期生から五期生で組織されている。 「玲子お嬢、二郎の奴ですが戻ってきませんね。とんずらするようなことはしねえと思いますが」  番頭の亀山が玲子の部屋に入って来た。 「女にでも入れ上げたのかねえ」  二郎とは成増二郎で一昨日の晩横浜真金町の安宿で殺されて発見された。窃盗の前があり携帯していた札入れは盗難届が出ていた。それに手口からしてスリ集団の一味と断定された。天涯孤独な孤児のスリ集団は死んでも帰る場所がない。警察は男の名前さえ分かっていない。新聞にも不明死体と小さく掲載されただけである。処分しようのない成増二郎の死体に手を焼いている。コンコン コン コンコンと独特のノックはグルの合図。番頭が立ち上がり鍵を開ける。 「三郎です」  殺された成増二郎の弟分である。 「姉御、これ見てください」  今朝の朝刊三面記事面を開いた。湯山玲子が記事を読んで三郎を見上げた。 「これが二郎だって言うのかい?」 「はい、二十代前半と背格好が記事の男と似ています。安宿で女が目撃されています。二郎兄貴はこれに目がねえから」  三郎は子指を立てた。  
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