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「先輩はいつもこの辺りにいるの?」
頷いた。脳はしっかりと機能してるようだ。
「先輩手を出して」
物乞いは仏像の禅定印のように親指を付け合わせて掌を出した。徳田はポケットから小銭を掬って物乞いの手から落ちないよう静かに滑り落とした。禅定印の親指と触れた。物乞いは深く一礼して懐に仕舞った。年齢は徳田より上だがそうは離れていない。自分も孤児で拾われなきゃこうなっていたかもしれない。
「先輩、犬を散歩している男を見たことありませんか?」
「ここは犬の散歩コースです。多くの犬が遊びに来ています」
徳田は声を聞いて安心した。それにしっかりと丁寧語で受け応えてくれる。
「失礼しました。この犬なんですけど」
徳田は預かっている犬の写真を出してライターで照らした。
「犬の名前は?」
「フランク」
「公園に来る魚屋さんに懐いていました。毎日千切れんばかりに尾を振って私の方に走ってきて臭いを嗅いでクシャミをしていました。若い飼い主が呼んでもなかなか戻らない。確かフランクと大きな声で呼んでいたのを覚えています。そう言えば最近見ませんが」
「ええ、脱走したそうです。その魚屋さんは毎日来ていますか?」
「はい、土日祝祭日を除いては毎日、時間は九時から十時ぐらいまでです。やさしい方で私に握り飯を恵んでくれます」
「ありがとうございます。失礼ですが今の商売始めてどれくらいですか?」
「半年です」
「以前は何を?」
「旅行会社の添乗員です」
男が笑うと歯が光った。
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